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頭がいいって何?

塾の生徒に言われた「頭良くなるにはどうすればいいですか」この言葉に何か違和感を感じた。

生きてる上でよく「頭がいい」の言葉の意味について考えることがある。①例えばたくさん勉強して賢い大学に入って一流企業に就職する人と②全く勉強せずに大学に進学できなかった人を比較した場合、おそらく100人中100人が前者のことを「頭がいい」と答えるであろう。

では視点を少し変えてみよう。①の人は勉強をしすぎて友達関係を疎かにしてしまい極度のコミュニケーション障害になってしまい企業でもなじめず引きこもりになってしまった。一方で、②の人は勉強は苦手なものの実は野球が得意で高校野球で活躍し、社会人チームにスカウトされ持ち前の明るさとコミュニケーション能力を発揮して営業成績も良好である。先ほどの文章と全く同じ人であるがこの条件が追加されたことにより後者の方が「頭がいい」と答える人が出てくるであろう。

1つ目の比較と2つ目の比較においての「頭がいい」は意味が違う。1つ目の比較では学力的な観点においての「頭がいい」であるのに対して2つ目の比較は生きる上における「頭がいい」である。

「頭がいい」という言葉はこのように様々な側面を持っている。自分がここで伝えたいのは見る人や見方によって別の顔を見せる言葉に踊らされる必要はないのではないかということ。

生徒はよく言う「私、頭悪いんで勉強できないです」

違う、君は頭が悪いから勉強ができないのではなく、勉強の仕方、努力の仕方を知らない事を「頭が悪い」という言葉で自衛しているだけ。

最初から勉強が得意な人はいない。もちろんこれは勉強だけに限った話ではない。できないことを頭を良くなりたいといった簡単な言葉で片付けるのではなく、変化を恐れずにどんどん挑戦していって欲しいし自分もそうやって人生を生きていきたい。

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